おじいちゃん




うーん、何から話そうかな。

おじいちゃんは、
船乗りで
通信士で
電気屋さんで
けど、ヤクルトの販売員?もしたことがあって
…何か私が忘れてるだけで他にもありそうなくらい
いろんなことをしてきたおじいちゃん。
そして、
そんないろんなことをしながら
家族の生活を1人で支えて
私の母を育ててくれた人。

今よくよく振り返って
そんなおじいちゃんの力のおかげで
うちの母は、かなり裕福に育てられてきたと思う。

会えば、
そんないろーんなお話をよくしてくれたなぁ
子どもながらにいつも、
おじいちゃん、何者⁈と思ったり(笑)

けど、
とにかくいつもおじいちゃんの話してくれるお話は
面白くって、ワクワクした。
とにかく、やんちゃな子どもが
そのまんまおじいちゃんになったような
おしゃべり大好きな、陽気なおじいちゃん。
どこに行っても
知らない人と、気づけば仲良く話してたり(笑)
そんなおじいちゃんは、私の中で
1番かっこいい、自慢のおじいちゃんだった。

戦争の時の話も、いろいろ聞いた。
けど、戦争という大きな渦の中の話ではなくって
普通の何気ない子ども時代の生活の話の一部に
「戦争」もやってきた
という感じに聞こえて、怖さは感じなかった。

小学校くらいの頃だったかな?
多分、毎週土曜だったかな?
おじいちゃんの家に姉と泊まりに行くのが
習慣になってたように思う

もう、その家はよその人が住んでたりで
行けないんだけど
とにかく、不思議がたくさんな家だった。

間取り自体も、家はそんなに広い方じゃなかったと思うのに
いろんなお部屋があって
その中に、おじいちゃんの電気屋さんの道具がたくさんなスペースは
本当に、いろんな不思議な物がたくさんで
行くととにかくワクワクした。
そして、家の勝手口を出ると
おばあちゃんが大切に育ててる草木がたくさんの中庭があって
そこからすぐ、裏の川に降りれたり
なんだか、子どもの頃の私にとっては
異空間な場所だった。

そして、極め付けは
その中庭の真ん中に
階段を登って、離れの洋室があったのが
1番、不思議だったなぁ
その部屋は、思春期?か成人?の頃のお母さんのために
作られた部屋だったと聞いたけど
私にとっては、秘密基地のような感覚だった。
そこには、レコードがたくさん置かれてあって、
よく一休さんの歌とかを聴かせてもらったなぁ(笑)

こんな不思議がたくさんな家だったから
お泊まりに行くのは、結構楽しみにしてた記憶がある。
おばあちゃんが好きでよく時代劇や、世界不思議発見を一緒に観てたから
おじいちゃんの家を思い出すと
その番組のことも、思い出すなぁ

私の、暴れん坊将軍好きも
ここからきたんだけど(笑)

それから、私も大人になって
社会人になって
結婚して
子どもを産んで…
徐々に、おじいちゃんの家から遠ざかってしまっていたけれど
久しぶりに会いに行った時は
いつも笑顔で迎えてくれたおじいちゃん。

去年、下の娘が手術をすることになった時
泣いて心配してくれた、優しいおじいちゃん。

自分の身体が思うように動かなくなっても
少し痴呆が入ってきてたそうだけど
最後の最後まで、おじいちゃん節は健在だったよね

そんなおじいちゃんが
やっぱり自慢で、
私の中で、1番かっこいいおじいちゃん。

お空の上でも
神様相手におじいちゃん節炸裂してるのかなぁ?(笑)

しばらくは、お空の上を
ゆっくり楽しんでね。

またね、おじいちゃん。

神傳-カミツタエ-@大分県中津市

大分県中津市で、ゆるゆると自分の想いを語り合い、自分自身を知るきっかけを作るために、月1回【ゆるゆる会】を開催。そのほか、新年企画として【神様からあなたへの手紙】セッションや、オラクルカードを通じて自分の魂(心)と繋がるための【むすひのカード講座】を行なっています。

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